DAHUFAの日本での展開が完全に終わったぽい雰囲気がしんどい。耐えられない。私の頭の中はこんなにDAHUFAのことでいっぱいなのに、なんでもう終わった流れなんですか?おかしくないですか?Twitterでも騒いでるの私だけだし。
DAHUFAの中毒性、黒魔石のそれとほぼ同じだなと最近思います。猛毒の幻覚剤だし、他人の頭の中からできたものだし一緒じゃん(は?)。完全にやられた。つらい。
なんだか悲痛な導入になってしまいましたが、DAHUFA語り4回目いきます。
まおまお・だ・りーしゃん!
コミカルなキャラだと思わせておいて終盤のシリアス展開にもガッツリ関わるところ、作品全体のハードボイルド濃度を高めている気がします。作中ツートップのコメディキャラな皇太子と二人でギャグ時空発生させるかと思いきや、作中で一番真っ当に人の死について向き合う羽目になるんだもんなあ。
豆人間の扱いが、序盤〜中盤まで人格を持った存在として扱われずバシバシ殺されていくのでそういうものかと思わせておいて、ジャンと隠婆との会話あたりからおや?となり、処刑人たちの覚醒からもう完全に知性ある存在じゃん!となって、終盤の命の尊さを説く皇太子の言葉に視聴者の心も揺り戻される構図、上手いことできてるなあと思います。終盤とか特に、皇太子は完全にヒトと同格として認識しているのに、家畜と見なす吉安とマオとは徹底的に噛み合わなくて空回りするディスコミュニケーションっぷりよ。そしてジャンの死が作中最後に描写される豆人間の死であり、殺し自体はそれまでと同じように容易く行われつつも、作中最も重い喪失として描かれる……。改めて思い返すと、どこのシーンを取り上げてもあらゆる要素がガッチリ組み合いすぎていて隙がないな。後半の完成度、本当に大好きだ。
私個人としては、本編見る前から、豆人間が実はヒトと同じ知性ある存在でした展開は当然やるだろうなという予想はしてましたけども、主人公がヒトでもそうでなくても気にせずに殺せるタイプだったので、そのへんの葛藤はマオと皇太子がやることになったんだなあと考えています。主人公、むしろ「こいつら人のフリしてるだけかよ気味が悪い」ってリアクションでしたし。罪悪感?なにそれおいしいの?的な。ラスボスはラスボスで誰でも殺す奴だし。このへんの認識の違いがそれぞれうまいことキャラ立たせてて面白いなあと思います。
理想って何だっけ???
マオ、最期の最期に理想が叶って良かったねえ……(ニチャア)
余談ですけど、豆人間の体液の色が2色あるのって、石が熟しつつあるやつが黄緑で、未熟なやつは青な気がする。処刑人の血が青いのが印象深いので、豆人間の種類か何かで違いがあるのかとも思いましたが、ジャンと隠婆を密告した村民が撃たれたときも青かったぽいので、年齢差なのかなと思っています。
てことは処刑人はあの背の高さ(と声の渋さ)で実は少年兵なんかな……。そう考えると、ダフファーとの戦いでちょいちょい練度の低さが見えたのに対して妙に納得いく……。でもめちゃくちゃ使い捨てられてる……。しんど……。
“不说话”
何度も思い出しては気持ちがずーんとなる。曲の良さについては以前の記事で書いたんですけど、公式で日本語訳出てたのを今日知ったので貼っておきます。タイトルに曲名載ってないから引っかからなかった。私のリサーチぢからもまだまだですな。
あと、クラファンやってた頃のページにキャラ紹介が載ってて、それ読んでまたずーんとなった。ジャン……お前……!
このキャラ紹介、読んでみると色々と面白いですね。ダフファーはやっぱりみんなから胖子って呼ばれてるっぽくて、というかそもそも名前がないのかな?大護法もどっちかというと役職名だろうし。皇太子はブレないいつもの皇太子ですけど、本編中ではたぶん出てなかった本名がさらっと出てます。シュウ皇子。
(11/6追記:皇太子の名前、中国語でキャラ説明してる公式イラストに普通に載ってましたね。「徐」です。)
また、吉安がお家繁栄の野心に満ちているのとは反対に、ミンは割とはっきりと家業を見限ってますね。闇の深い子どもだなあ……。
隠婆がprincessと称されてるの、普通に初耳なんですけど、そう考えると彼女だけが巨大豆や蟻猿の正体を知ってることとか、終始覚悟が決まってて毅然としてる態度に納得いくんですよね。欧陽家に支配される前は、豆人間たち独自のコミュニティがあって、隠婆は旧体制側の生き残りなんでしょうね。そりゃあ人間恨むようにもなるよ……。
あとは羅丹が人を殺す動機が書かれていてヒッとなった。ガチのシリアルキラーやんけ……。怖いよ!何なんだよ!
なんか全体的に胡乱な内容になってしまった気がしますが、今回はこの辺にしておきましょう。しーゆーあげいん。